そんな具合でランプを使用する家とては、ほんの油町に一軒、人形町に一軒、日本橋に一軒という稀なものであったが、それが瓦斯燈に変り、電燈に移って今日では五十燭光でもまだ暗いというような時代になって、ランプさえもよほどの山間僻地でも全く見られない、時世の飛躍的な推移は驚愕の外はない。瓦斯の入来したのは明治十三、四年の頃で、当時吉原の金瓶大黒という女郎屋の主人が、東京のものを一手に引受けていた時があった。昔のものは花瓦斯といって焔の上に何も蔽わず、マントルをかけたのは後年である。
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