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浅草田圃・奥山・ひょうたん池 - 「​諸国の玩具 --浅草奥山の草分--」 淡島寒月 1909(明治42)年6月

  • 執筆者の写真: 浅草文庫
    浅草文庫
  • 2018年9月16日
  • 読了時間: 1分

更新日:2018年9月19日

 当時奥山の住人というと奇人ばかりで、今立派な共同便所のある処辺に、伊井蓉峰のお父さんの、例のヘベライといった北庭筑波がいました。ヘベライというのは、ヘンホーライを通り越したというのでヘベライと自ら号し、人はヘベさん/\といってました。それから水族館の辺に下岡蓮杖さん、その先に鏑木雪庵、広瀬さんに椿岳なんかがいました。古い池の辺は藪で、狐や狸が住んでいた位で、その藪を開いて例の「万国一覧」の覗眼鏡の興行があったのです。今の五区の処は田圃でしたから今の池を掘って、その土で今の第五区が出来たというわけで、これはその辺の百姓でした大橋門蔵という人がやったのです。




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