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浅草六区・ひょうたん池 - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 映画館街をそのまま終りまでずっと行って、ちょっと右へずれてまっすぐに千束へ通ずる通り、米久があるので普通「米久通り」と言われている「ひさご」通り、その入口の片方にある「びっくりぜんざい」は、大きな二重丸のなかに、二行に分けたびっくりという字を入れた赤いネオンを掲げ、片方の「大善」は、その二重丸の方へ泳いで行く恰好の、鰭のヤケに大きい、赤い線画の鮪のネオンを掲げ、上に大善と青いネオン、下に明滅の工合で波の動くさまをあらわした、手のこんだ青い電球板をつけている。それが藤棚の下に立つと、真正面に見え、黒い池の面に、その派手なあざやかな倒影が映っている。店の光、ひさご通りの鈴蘭型の電球も一緒に映しているその池の面は、底に何か歓楽境めいたものを秘めていて、その明りが洩れ出ているような妖しい美しさであった。「――綺麗ねえ」美佐子も照れ隠しのような口調だった。風らしいものは感じられないのに、池には縮緬皺のような小波が立っているらしく、倒影が細く揺れている。いや、震えているような倒影の揺れから小波が立っているらしいと知らされたのだが、橋から見える限りの辺りの水面は、油のようなべっとりした感じの黒光りを放った、いっこうに皺のない滑らかさであった。





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