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浅草六区・ひょうたん池・活動写真・連鎖劇 - 「モノグラム」 江戸川乱歩 1926(大正15)年6月

更新日:2018年10月3日

 ある日のこと、私はそれらのベンチの一つに腰をおろして、いつもの通りぼんやり物思いに耽っていました。丁度春なんです。桜はもう過ぎていましたが、池を越して向うの活動小屋の方は、大変な人出で、ドーッという物音、楽隊、それに交っておもちゃの風船玉の笛の音だとか、アイスクリーム屋の呼び声だとかが、甲高く響いて来るのです。それに引きかえて、私達の居る林の中は、まるで別世界の様に静で、恐らく活動を見るお金さえ持合せていない、みすぼらしい風体の人々が、飢えた様な物憂い目を見合せ、いつまでもいつまでも、じっと一つ所に腰をおろしている。こんな風にして罪悪というものが醗酵するのではないかと思われるばかり、実に陰気で、物悲しい光景なのです。

 そこは、林の中の、丸くなった空地で、私達の腰かけている前を、私達と無関係な、幸福そうな人々が、絶えず通り抜けています。それが着かざった女なんかだと、それでも、ベンチの落伍者共の顔が、一斉にその方を見たりなんかするのですね。




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