top of page

浅草六区 - 「​一夕話」 芥川龍之介 1922(大正11)年6月

更新日:2018年9月14日

 「あれは先月の幾日だったかな?何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか?浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ昼間六区へ出かけたんだ。――」 「すると活動写真の中にでもい合せたのか?」  今度はわたしが先くぐりをした。 「活動写真ならばまだ好いが、メリイ・ゴオ・ラウンドと来ているんだ。おまけに二人とも木馬の上へ、ちゃんと跨っていたんだからな。今考えても莫迦莫迦しい次第さ。しかしそれも僕の発議じゃない。あんまり和田が乗りたがるから、おつき合いにちょいと乗って見たんだ。――だがあいつは楽じゃないぜ。野口のような胃弱は乗らないが好い。」 「子供じゃあるまいし。木馬になんぞ乗るやつがあるもんか?」



Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page