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浅草六区 - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 雁であった。――空飛ぶ雁をゴミのようだったと私が言うのを、読者はあるいは私の下手な作り話、大げさな言い方と笑いはせぬかと、私は恐れる。そうした誤解を解くためには、私が見た実際の光景を読者に見て貰うよりおそらく他に手がなく、そしてそんなことは願っても不可能なことであるのはなんともくやしいことだ。実際に見ないと、ゴミのようだったその異様さはわかって貰えぬほど、雁は実にとんでもない、全くあきれ果てた高いところにいたのである。雁の飛行は、いつもそうしたものなのか。


 ――私はその前にかつて雁の飛んでいるところを見たことがあるかどうか、あるいは絵でしか見たことがないのではないか、そこのところがはっきりしない。だから、雁がそんなに物凄く高いところをいつも飛ぶものかどうか、私にはわからない。だから、――私はそうして浅草の盛り場の近くの部屋から偶然見た雁の姿に、ほう雁だというのと、なんてまあ魂消たところにといった二重の強い印象を与えられた。何か今は忘れた、――今は私のところから去って行った昔の懐しい夢のようなものに、ふと邂逅することができたみたいな、胸のキュッとなる想いであった。――夢が遠くの空を飛んで行く。手のとどかない、捉えられない高さ。夢は、すげなく見る見る去って行く。





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