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浅草六区 - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 そのうち、大屋五郎が玲ちゃんに別れ話を持ち出したんです。こう言ったそうです。鮎子さんには、とても金持の、人のいいパトロンがついていて、そのパトロンは鮎子さんがちゃんとして結婚をして身を固める時は、まとまった金をやると、そう言っている。それで鮎子さんは、パトロンと別れて俺と結婚したい、結婚したらパトロンから貰ったお金で俺を勉強させると言っている。俺を一流の歌手にしたい、そして自分も身を固めて更生したい、そう言っている。俺が浅草から浮び出て立派になれる大事なチャンスだ、――別れてくれ、こう言ったそうです。そいで、玲ちゃんは、――ほんとに僕は、死んだ玲子ちゃんというのは、悲しい浅草の子だと思いますね。ゴロちゃんの出世のためなら、あたし、つらいけど身をひきますッて、こう言ったそうで。玲ちゃんは可哀そうに、ほんとに大屋五郎を愛していたんですね。――喀血して病院に入ると、あたしはもう助からない。死ぬ前に一目ゴロちゃんに会わせてくれと、泣いてミーちゃんに頼むんだそうです。ミーちゃんは、人でなしの大屋五郎めと憤慨していて、あんな奴に会いたいなんて言っちゃいけないと叱っても、玲ちゃんはきかないんだそうです。しまいにはやはり可哀そうになって、大屋五郎に、会ってやってくれとくやしいながら言いに行ったそうです。実際新派悲劇みたいで、うそみたいですが、――しかし浅草には新派悲劇みたいなのがゴロゴロしています。それが、浅草のいいところでしょうが、しかしまた駄目なところです。悪い奴らが、そこへつけこんで、浅草のそういういいところを利用しますからね。





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