浅草六区 - 「明治開化 安吾捕物 その四 ああ無情」 坂口安吾 1951(昭和26)年1月1日
- 浅草文庫
- 2018年10月8日
- 読了時間: 1分
女剣劇のかかっていたのは、浅草六区の飛龍座というバラック造りの劇場の番附には入れてもらえぬ悲しい小屋だ。浅草奥山が官命によって取払われたのは明治十七年、その代地として当時田ンボの六区が与えられたが、区劃整理して縦横に道を通じて後、ようやく五六軒の名もないような小屋と、十軒あまりの飲食店などができたばかり、当時は新開地とよんでいたが、今の六区には比すべくもない田ンボの中の小さな遊園地である。一二年後に常盤座ができて、やや劇場らしい劇場が存在することになったが、そうなると、それまでのバラック小屋は年々とりこわされて新しく装いをととのえ、草分け当時のバラックの名は知ることのできないのが多い。飛龍座はまアいくらかマシな小屋であった。

Comentarios