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浅草六区 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

 劇場の裏の上部。火のともった窓が一つ見える。まっ直に雨樋をおろした壁にはいろいろのポスタアの剥がれた痕。


 この劇場の裏の下部。少年はそこに佇んだまま、しばらくはどちらへも行こうとしない。それから高い窓を見上げる。が、窓には誰も見えない。ただ逞しいブルテリアが一匹、少年の足もとを通って行く。少年の匂を嗅いで見ながら。


 同じ劇場の裏の上部。火のともった窓には踊り子が一人現れ、冷淡に目の下の往来を眺める。この姿は勿論逆光線のために顔などははっきりとわからない。が、いつか少年に似た、可憐な顔を現してしまう。踊り子は静かに窓をあけ、小さい花束を下に投げる。


 往来に立った少年の足もと。小さい花束が一つ落ちて来る。少年の手はこれを拾う。花束は往来を離れるが早いか、いつか茨の束に変っている。



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