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鳩・見世物 - 「鴎外の思い出」 小金井喜美子 1955(昭和30)年10月

 お堂を降りた処には筵を敷いて、白髪の老婆のどこやら品のあるのが、短い琴を弾いて、低い声で何か歌っていました。小さな子が傍にいて、人の投げてくれる銭を拾います。琴は品のよい楽器で、立派なお座敷に似合うように思いましたのに、何という哀れな様子でしょう。琴糸は黄色なものと思っていましたのに、ひどく古びて灰色に見えますし、その音もさっぱり立ちません。前を大勢人が通るので、琴の上までひどい埃りです。お母様は、「お気の毒な」と、口の中でつぶやいて、そっと銭を筵の上に置かれました。


 隣りには砂絵を画く人がいます。その男の前には、砂が綺麗にならしてあり、傍には大きいのや小さいのや五色の砂を入れた袋が置いてあります。人が集りますと、何やら口上をいいながら、袋から一握りの砂を出して、人の方へ向けてずんずん書き始めますが、字もあり絵もあり、その器用なのに誰も感心いたします。若い女の姿などを画いて、著物の模様にところどころ赤い砂を入れます。その内にあまり人が集って、苦しくなったので抜けて出ました。


 近くの居合抜に、大勢人がたかっています。鳩の餌を売るお婆さんの店が並んでいて、その上の素焼の小皿に、豆や玄米が少しずつ入れてあるので、その上へ鳩が来ると、短い棒でそっと追います。買ってもらって、人通の少い方へ蒔きますと、山門の上から見下していた鳩が、一度にぱっと羽音を立てて下りて来て、人に踏まれそうな処まで集ります。やっと歩く位の子供が、よちよち手を拡げて追っても平気です。すぐに食べ終えてまた舞上ります。誰もが少しずつ遣るものですから、参詣の多い日の夕方などには、もう下りて来ないとのことでした。


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