歌書には井出の玉川をその随一とするよう記されてはあるが、さて今はさる名所も探ぬるに影さえ残らず、あわれ名所の花一つを旧蹟もなくして果てようとしたを向島なる百花園の主人、故事をたずね、旧記をあさって、此処彼処からあつめきた山吹幾株、園のよき地を択りに択って、移し植えたるが一両年この方大分に古びもつき、新しく江戸の名所をここに悌だけでも留め得た。七重八重花羞かしき乙女の風流をも解し得ざった昔の御大将はともあれ、今の都人士にその雅懐を同じゅうしてこの花をここに訪ぬるは知らず幾人であろう。宵越しの銭を使わぬ江戸ッ児が黄金色の花を愛するなど柄にないことと罵りたもう前に、一度は行きて賞したまえや。
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