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屋台・夜店 - 「夜店ばなし」 久保田万太郎 1931(昭和6)年7月

 夜店ほどよく季節を知つてゐるものはない。ことに、この、夏に於てさうである。……といつたら、すぐに、古本、古道具、日用品のいろ/\、四季いつのときでもかはることのないそれらの店の、律義に、透きなく竝んだあひだに交つての金魚屋の荷をあなたは感じるだらう。虫屋の市松しやうじをあなたは感じるだらう。燈籠屋の、暗く、あかるく、月をうつしてまはるそれ/″\のよるべない影の戯れをあなたは感じるだらう。……と同時に、風のない、星のひかりに満ちた、たかだかと霽れた空をまたあなたは感じるだらう……


 が、このうち、最も早く、五月といふ声をきくと一しよに出そめるのが金魚屋である。そのあと一ト月、六月になつて出はじめるのが虫屋である。そして、そのあともう一ト月、七月に入つて、はじめてすがたをみせるのが燈籠屋である。……といふことは、金魚屋の、いやが上にもあか/\と宵の灯影をうき立たせるその幾つもの荷は、涼しい水の嵩は、すぐもうそこに祭礼の来かけてゐる町々のときめきを語り、虫屋の、ことさらに深い宵暗を思はせてしづまり返つたとりなしは、梅雨あけの急に来たむし暑さの、このさきいかにつゞくであらうかのことしの苦労を語り、そして燈籠屋の、前にいつたその、暗く、あかるく、月をうつしてまはるそれ/″\の影の戯れは、真菰を、ませがきを、蓮の葉を、こればかりは昔から、一ト場所一ト晩ぎりの、ふた晩と出ない草市の果敢なさに、更けてはもう露の下りる秋めきをしづかにそこに語るのである。




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浅草広小路・屋台・夜店 - 「残されたる江戸」 柴田流星 1911(明治44)年5月

縁日趣味、露店趣味は江戸ッ児にして初めてこれを完全に解し得るもの。月の三十日が間、唯の一日都大路の何処にも縁日がないという晩はなく、苟も天気模様さえよければ、からッ風の吹く寒い夜でも、植木屋が出て、飴屋が出て、玩具屋が出て、そして金物屋、小間物屋、絵草紙屋、煎豆屋、おでん屋、毛

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