友人に誘われて、一度吉原の情緒を覚えてから、私の心は飴のように蕩けた。
しまいには、小塚っ原で流連するようになった。朝、廓を出て千住の大橋のたもとから、一銭蒸気に乗って吾妻橋へ出るのが、私の慣わしであった。蒸気船が隅田川と綾瀬川の合流点を下流の方へ曲がる時、左舷から眺めると、鐘ヶ淵の波の上に『みやこ鳥』が浮いていた。楽しそうに水面に群れていたみやこ鳥は、行く蒸気船に驚いて二つの翅で水を搏った。そして、乗客の眼の上高く舞いめぐる白い腹の下を、薄くれないの二つの脚が紋様に彩って、美しかった。
船は今戸の寮の前を通った。間もなく、船が花川戸へ着くと、私はそこから、仲見世の東裏の大黒屋の縄暖簾をくぐり、泥鰌の熱い味噌汁で燗を一本つけさせた。
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