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「浅草とは?」 - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 私は、――フワフワと漂うばかりであったのだが、何かに、やっとぶつかった、縋れた、その何かはまだよくわからない、真に縋るべき何かであるか、縋って果して救われる何かであるか、それはわからないまでも、それに縋って進んで行けば、そうだ、私は「頭の上に帽子をのせる」ことができるだろうと、そんな気がするのだった。ヘンな言葉だが、わけを話すならば、いつか酔っ払いが道に落した帽子を拾いあげて頭にのせながら「――帽子の下に頭がある」とどなっていた。それだけ行きずりの私の耳に入ったので、酔っ払いはその前に何を言っていたのか、それは知らない。何か前にあるのであろうが、そのヘンな言葉はそれだけで充分私の興味を捉え、私の頭に沁みた。

「帽子の下に頭がある。……」

 こんな歌か何かあるのかもしれぬ。くだらない悪ふざけの文句かもしれないが、私には意味深長に響いた。

「帽子の下に頭がある。

 洋服のなかに人間がある」

 いつか私はそうつぶやいていた。頭の上に帽子があるべきである。帽子は人間がかぶるべきものであり、人間の頭のために存在する帽子であるべきだが、帽子のための頭、――そんな人間がいはしないか。帽子、――これはおもしろい象徴だ。

「帽子の下に頭がある」

 これはおもしろい言葉だ。おもしろがっていると、言葉の鞭がピシリと私を打った。そうだ、この私が、帽子の下に頭があるような人間ではなかったか。少くともそんな場合が往々ありはしなかったか。……





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