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「浅草とは?」 - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 こういう工合に銀座の女たちがランデヴーに浅草を利用しているのに、ひょっこりぶつかるのは、これが初めてではなかった。そして女も私も双方とも、この場合のように気まずい思いをするのは、これでもう何度目ぐらいか。かくて私は、銀座の女たちが、浅草だったら、店の客に会わないだろう、店へ来てうるさい噂を立てるようなのに会う心配はないだろう、そう思って、浅草をあいびきの場所に選んでいることを知ったのだが、私の存在はその安心にいやな翳を投じたのであり、そしてまた顔をそむけられたことによって私はくだらぬ噂を立てるようなくだらぬ客のひとりと見られたことをも知らねばならなかった。ところで話は変るが、おかしなことに銀座の女が浅草へくると一方、浅草の地下鉄横町の喫茶店の女たちは、公休というと、銀座へ出かけて行き、これは必ずしもあいびきではなく、映画見物の楽しみを楽しみに行くのだが、映画なら手近の六区で見たらよさそうなものを、わざわざ丸の内に赴くのである。ある時私は、おかしいということを、その女たちの一人に言ったら、

「――だってェ、感じが出ないわ」

 颯爽とこう答えた。私は、わかるようなわからないようなうなずきをしたが、つづいて、その見る映画も洋画でないと「感じが出ない」由を知らされ、私はさらにわからないようなわかるようなうなずきをした。





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