浅草の食 - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月
- 浅草文庫
- 2019年6月8日
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誘われるままに、いつかドサ貫が出てきた合羽橋通りのどじょう屋の「飯田」へ行った。
「鯰は精力がつくですよ」
と、しきりに朝野がすすめるので、私は別に反対すべき理由もないゆえ、その言葉に従うと、
「では、僕は鯨と行こう」
と、朝野は異をたてて、おいおいと女中を呼び、
「ズー鍋一丁、カワ鍋一丁」
「はアい。ズー鍋一丁、カワ鍋一丁!」
と女中が板場に言った。
「それからお銚子だ」
「はアい。それからお銚子一本」
朝野の言葉と女中の言葉とは、女中がお銚子を一本と限定した、それが違うだけだった。
客がいっぱい立て混んでいる店の内部は、土間と畳と半分ずつに分れていて、土間に腰掛けた客たちはほとんどすべてが味噌汁でめしを食っている。どじょう汁、鯨汁、しじみ汁、あおみ汁(野菜のこと)、豆腐汁、ねぎ汁、いずれも五銭で、めしが十銭、十五銭也でめしが食える。十五銭という安さに少しも卑下せずに食える、――楽しんで食っているその雰囲気、こうした浅草の空気は、私の心をなごやかにさせるのである。私は畳に上って、ズーとかカワとかいうようなややこしいものを食ったりしないで、土間の諸君にまじってどじょう汁を食いたかった。

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