浅草の食 - 「浅草の喰べもの」 久保田万太郎 1948(昭和23)年10月
- 浅草文庫
- 2018年10月1日
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更新日:2018年10月3日
よか楼は女の綺麗なのがゐるので売出したうちである。雑居屋は一品料理屋から仕上げたうち、しかも一品料理屋であつた時分の繁昌をいまはみるよしもない。
共遊軒は公園裏にあつて玉突を兼業してゐるうち。――草津一直の近所なだけ遊蕩的な色が濃い。
浅倉屋の路地の太平洋に至つては、やゝ異色ある一品料理屋にすぎない。
これを要するに、この土地は、並木の芳梅亭を失つて以来、西洋料理屋らしい西洋料理屋をどこにも持つてゐない。
由来浅草には、われ/\の、しづかに、団欒して、食事をたのしむことの出来る場所がない。われ/\は不仕合である。

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