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浅草オペラ・レビュー - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 前にちょっと書いたように、楽屋は舞台裏の三階にある。その楽屋へ行くべく、暗い急な階段を昇って、二階と三階の間の狭い踊り場に行きついたときちょうど、――私の先に行った朝野は、すでに三階に姿を消していたが、――ちょうどそのとき、暗い階段の上にあたかもパッと光が射したみたいに、あれはなんという布地なのか、白い透き通るふわふわとした、それだけでも何やら色っぽく悩ましい衣装、その肩の上には花のようにした襞がつけてあって、脚の前があけてあるその縁にも綺麗な袋が花輪のようにつけてある、そうした衣装の裾をかかげた踊り子の一群が、突然頭上に現われた。ショウがはじまるところなのだ。あッと驚いて私が踊り場の隅に身を寄せると同時に、舞台靴があわただしくカタカタと階段を降りてきたが、何分急な階段であり狭い踊り場なので、赤い靴が私のすぐ鼻ッ先に迫ったかとおもうと、例のふわふわッとした衣装が私の頬にすれすれに、何か私のある種の心をくすぐりつつ、からかうようにして、過ぎて行く。私は幾分誇張して言えば、全く眼を白黒させたのであった。そうして裳裾はともかくとして、裳裾の吹きおこす、ちょっと形容しがたい風、これはたしかに私の頬を容赦なく撫でて行ったのだが、私はふと、――酒のことを気ちがい水というけど、こんな風はつまり気ちがい風だなと思った。





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