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浅草オペラ・レビュー - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 そう言うと彼女は急に酒が回ったみたいに、とみに饒舌になって、彼女が舞台をやめた理由を話し出した。その話し方は、話の後の方に回した方がいい話を前に話したり、前に話した方が話がはっきりする部分を後にしたりして、メチャメチャであったから、一応秩序立てて述べると、


 ――公園のレヴィウ劇場は大概出しものが芝居と踊りの二つに別れている。そして「幹部さん」というのは主として芝居をやって、――言い換えると芝居の方の役者が幹部の地位を独占していて、踊りの方は主として大部屋である。ダンシング・チームの彼女たちは、何年小屋にいても、舞台で踊っているかぎりは、つまり芝居の方に転向しないで踊り専門である以上は出世の見込みのない万年大部屋で、幹部に浮び上れないという。「こんなわけのわからない、しとを馬鹿にした話ッて、ありゃしないわ。――入った当座は、早く前列に出たいと思って、――前列というのは踊りの前列、――ダンシング・チームのなかでの、まあ幹部というところね、――それを最初は望みにして踊っているけど、さて何年か経って、やっとこさ前列になったところで、なんのことはない。それでおしまい」――芝居の方に移らないと幹部に出世できない。そして移りたくてもまたそこには人がつまっていてなかなか割り込めない。踊りはうまいが、芝居は下手というようなのは、年がいくと共に腐って、やめてしまう。やめるそばから、若い子が入って来て、そんなのが顔が綺麗だったりするとたちまち人気を呼び、そうした子が、碌すっぽ踊れないのに人気のために天狗になって古い先輩を軽蔑し、しかも踊りとなると舞台で踊りながら「二二三四、三二三四」などと客席に聞えるような声で計算していたりするのの隣で、踊っていると、なんとも馬鹿臭く腹立たしく、「――やめちまえ」ということになる。たとえ出世は駄目でも、好きな踊りは踊っていたいと思っても、そんなことで、どうしてもやめたくなる。

「T座の文芸部の人で、あたしたちのことを舞台の消耗品だと言った人があるわ」


 私はレヴィウをしょっちゅう見ているし、レヴィウ小屋に友人もいろいろとあるが、今までレヴィウの踊り子に対しては何か甘い夢想的な憧憬的な、一種エキゾチックなものを見るような気持で見ていて、このような暗い現実を知らされたのは初めてであった。私は眼をそむけながら言った。

「あんたは、じゃ今でも、気障な言葉だが、舞台の情熱をなくしたわけじゃないんだね」

「あたし、できたら一生踊ってたい」

 再び沈黙が来た。





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