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浅草オペラ・レビュー - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 気がつくと、オーケストラが鳴り響き、幕がするするとあがった。

 上手と下手の両方からダンシング・チームがさっと舞台へ駆け出て来た。踊り子たちは皆んな同じ衣装に同じ踊り、そして同じような化粧であり同じような身体つきだから、かたまって出てくると、ちょっと誰が誰だかわからないくらい紛らわしいのだが、私の眼には、雅子だけが際立って、そこだけ光り輝いているような感じで、別に探さないでもすぐパッとわかるのだ。脚をすっかり裸にしている。サーちゃんが、女ながら惚れぼれとすると言ったその白い皮膚が、私にはまぶしかった。


 まぶしいと言えば、これはなんとしたことか。雅子と会う前はまぶしいことはまぶしくても雅子の上にじッと眼を注ぐことができたのに、会ってからは何か気恥かしくて、――(繰り返して言うと)ちゃんと洋服を着た雅子を一度眼にしてからは、手や脚を露わにした雅子がどうにもこうにもまぶしくて、(――さらに繰り返して言うと)私の顔を雅子に知られてからは、私が雅子の裸の脚に何か光った眼を注いでいるのを雅子の方からも見られているようで、実際は暗がりのなかにいる私を雅子は気づくわけはないのだが、でもどうしてもそんな気がして、雅子の上にまともに眼が据えられないのだった。私はサーちゃんに眼を移した。するとサーちゃんと眼が合って、いやサーちゃんも私が客席にいることを知っているわけはなく、私の存在に気づくわけもないのだから、眼が合ったのではなく、サーちゃんがこっちへなんとなく眼を向けたのを私が勝手にそう感じたのにすぎないのだけれど、それでもやはり何か恥かしくなって、眼をそらせた。


 やがてダンシング・チームは舞台の後方に退り、タップの男が颯爽と出て来た。そして踊り子たちの前で、踊り子たちに見せびらかすような感じで、タップ・ダンスを踊って見せるのだったが、私はその男に、いかばかり激しい羨望を感じたことか。嫉妬という方がいいかもしれぬ。同時に私はオーケストラの連中にさえ嫉妬を感じた。――彼らは超然としているのだ。私の眼に輝いているようなものは、彼らの誰の眼にも見られなかった。そんな彼らに、それだから余計嫉妬を感じたのだ。





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