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浅草オペラ・レビュー - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 「ヘンでしょう、眼が……」

 ドギマギした声だった。その声といい、むやみと顔を赧らめるところといい、何かサーちゃんらしくなかった。

「あたし、泣いちゃったの」

「泣いた?」

「ええ、今し方、ワーワー泣いたところなんですの。眼が赤いでしょう」

 心の平静を取り戻した様子で、

「ドンちゃんがね、――ほら、この間先生が楽屋へいらした時、先生の坐っていたすぐ横にいた子」

 人なつっこい声でそう言って、私のうなずきを待つような間を置く。私は、楽屋へ行った時はいやもう、すっかりあがっていて、一向に覚えがないのだが、うんうんとうなずいた。

「あの人がね、急に小屋をやめることになって、今日が最後の舞台なんですの。自分じゃやめたくないのよ。でもお父さんが満州へ行くんで、一緒に連れて行かれるの。だもんで、さっき、舞台でも半泣きの顔をしていて、楽屋へ入ると、いきなりワーッ……」

 丁寧な言葉とぞんざいな言葉をごっちゃにして、サーちゃんは喋るのだったが、喋りながらも扉の方に眼をやっていた。

「そこへね、先生今度O館をやめて私たちのところへ入った踊り子さんが、トランクを持って、ベソをかきながら楽屋へやってきたんですの。その人もO館でみんなとサンザ泣いて別れてきたばかしのところなの。来てみると、こっちではドンちゃんがワーワー泣いているでしょう。だもんで、その人、また悲しくなって、トランクをおッぽり出して、ワーワー泣き出しちゃったの。ドンちゃんと抱き合ってワーワー、ワーワー。そいで、あたしたちも悲しくなっちゃって、一緒に泣き出しちゃって、楽屋中みんながワーワー、ワーワー。それはもう大変な騒ぎ」

「ふーん」

「そいで、眼が真赤になっちゃったの」

 その話はうそではないらしいが、しかしサーちゃんの眼の赤さは、それだけのせいでもないようであった。





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