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浅草六区 - 「手品師」 久米正雄 1916(大正5)年4月

「いや御苦労。面白かつた。ではいづれ正式に契約するが、兎に角チャリネ館へ出て貰ふとしよう。それから君は何か看板になるやうな肩書はないかね。新帰朝以外に。何かかう……米国皇族殿下台覧とでも云ふやうな、……」 「米国に皇族があるもんですか。」作者が笑ひ乍ら云ふ。 「なあに例へて云つたのさ。皇族が大統領でもかまひはしない。」 「では前大統領ルーズベルト夫人台覧と云ふ事にしませうか。」と手品師が事もなく云ひ放つた。 「そいつはいゝ。ルーズベルトなら獅子狩にゆくから、その夫人は兎の眠るのを見る位な事はするだらう。」作者が皮肉に口をさし挾んだ。 「ではさう云つておどかすとしよう。まああつちの応接間へ来給へ。給金を相談するから。」

 かう云ひ乍ら重役は、普通の興行師とは異ふ打明けた態度で手品師を誘つた。



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