浅草寺(浅草観音) - 「乞はない乞食」 添田唖蝉坊 1930(昭和5)年10月
- 浅草文庫
- 2018年10月15日
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観音さまの周りの雑沓の中を、文字通り蓬頭垢面、ボロを引き摺った男が、何か分らぬことを口の中でモヅモヅ呟きながら、ノロノロと歩き廻ってゐる。
彼はしゃべってゐる。動いてゐる。と、群集の中から一人が急いで彼の手に白銅を一つ乗せてやる。すると、後から後から、あはて者が蟇口を開いて、小銭を彼に与へる。彼の掌の上ではいつの間にか銭がたまってゐる。
さて皆さん、落ついて考へて下さい。かの見苦しい男は、けっして乞ふてはゐないのです。ただひとり言を言って歩いてゐるだけの話です。
それを見て、おせっかいな人が、もしくは慌て者が、得々として慈善心をほころばせて財布を開ける。と、皆々これに倣ふ、といふ筋書です。これは素敵な台本です。
この男は、「慈善心を食ふ」ことを知ってゐる利巧な奴です。恐ろしい名優です。

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