浅草田圃 - 「蘭学事始」 菊池寛 1921(大正10)年
- 浅草文庫
- 2018年9月26日
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刑場からの帰途、春泰と良円とは、一足遅れたため、良沢と玄適と淳庵、玄白の四人連であった。四人は同じ感激に浸っていた。それは、玄妙不思議なオランダの医術に対する賛嘆の心であった。
刑場から六、七町の間、皆は黙々として銘々自分自身の感激に浸っていたが、浅草田圃に差しかかると、淳庵が感に堪えたようにいった。 「今日の実験、ただただ驚き入るのほかはないことでござる。かほどのことを、これまで心づかずに打ち過したかと思えば、この上もなき恥辱に存ずる。われわれ医をもって主君主君に仕えるものが、その術の基本とも申すべき人体の真形をも心得ず、今日まで一日一日とその業を務め申したかと思えば、面目もないことでござる。何とぞ、今日の実験に基づき、おおよそにも身体の真理をわきまえて医をいたせば、医をもって天地間に身を立つる申しわけにもなることでござる」 良沢も玄白も玄適も、淳庵の述懐に同感せずにはおられなかった。

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