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浅草花やしき(花屋敷)・浅草水族館・カジノ・フォーリー - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 「広養軒といえば、前の聚楽……」

とバーテンは言うのだった。「須田町食堂の発展は大したもんですね」

 各所にある「聚楽」という食堂は須田町食堂で経営していることは、私も知っていたが、

「――今度、花屋敷を買うそうですね」

 浅草にほとんど毎日いて、そうしたことを私は大森の喫茶店のバーテンから初めて聞くのだった。蛇の道は蛇だと感心した。

「ふーん。花屋敷をね」

 ――往年の名物も今は廃墟のようになっていた。廃墟といえば、浅草のレヴィウの発生地のような水族館も廃屋のままで、深夜にその屋上のあたりから踊り子のタップの靴音が聞えてくるという怪談さえ出ているほどの惨憺たる有様である。(これはその後間もなく取りこわされた。「カジノ・フォーリー」のかつてのファンは夢の跡を失ったのである。)





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