隅田川・大川 - 「大川の水」 芥川龍之介 1912(明治45)年1月
- 浅草文庫
- 2018年9月12日
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この大川の水に撫愛される沿岸の町々は、皆自分にとって、忘れがたい、なつかしい町である。吾妻橋から川下ならば、駒形、並木、蔵前、代地、柳橋、あるいは多田の薬師前、うめ堀、横網の川岸——どこでもよい。これらの町々を通る人の耳には、日をうけた土蔵の白壁と白壁との間から、格子戸づくりの薄暗い家と家との間から、あるいは銀茶色の芽をふいた、柳とアカシアとの並樹の間から、磨いたガラス板のように、青く光る大川の水は、その、冷やかな潮のにおいとともに、昔ながら南へ流れる、なつかしいひびきをつたえてくれるだろう。

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