隅田川・大川・花見 - 「娘」 岡本かの子 1939(昭和14)年1月
- 浅草文庫
- 2018年9月25日
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更新日:2018年10月3日
室子は、隅田川を横切って河流の速い向島側に近く艇を運んで、桜餅を買って戻る蓑吉を待っていた。 水飴色のうららかな春の日の中に両岸の桜は、貝殻細工のように、公園の両側に掻き付いて、漂白の白さで咲いている。今戸橋の橋梁の下を通して「隅田川十大橋」中の二つ三つが下流に臙脂色に霞んで見える。鐘が鳴ったが、その浅草寺の五重塔は、今戸側北岸の桜や家並に隠れて彼女の水上の位置からは見えない。小旗を立て連ねた松屋百貨店の屋上運動場の一角だけが望まれる。崖普請をしている待乳山聖天から、土運び機械の断続定まらない鎖の音が水を渡って来る。

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