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浅草にまつわる、

小説・随筆・詩・俳句

「東京風物伝」

小熊秀雄 1935(昭和10)年

東京駅

 

 東京駅は
 ウハバミの
 燃える舌で
 市民の
 生活を呑吐する
 玄関口、
 朝は遅刻を怖れて
 階段を一足とび
 夕は
 疲れて生気なく
 沈黙の省電に乗る
 所詮、悪蛇の毒気に触れて
 人々の
 痲痺は
 不感症なり。

 


隅田河

 

 隅田河
 河上より水は
 河下に流るゝなり
 天の摂理に従へば
 古き水は
 新しき水に
 押しながされて
 海に入るなり
 一銭蒸気五銭となり
 つひに争議も起るなり
 あゝ、忙しき市民のためには
 渡るに橋は長すぎ
 せつかちな船頭にとつては
 水の流れは悠々すぎる、


丸の内

 

 『戦争に非ず事変と称す』と
 ラヂオは放送する
 人間に非ず人と称すか
 あゝ、丸の内は
 建物に非ずして資本と称すか、
 こゝに生活するもの
 すべて社員なり
 上級を除けば
 すべて下級社員なり。

 


浅草

 

 汝 観音様よ、
 浅草の管理人よ、
 君は鳩には豆を我等には自由を――
 腹ふくるゝまで与へ給へ、
 彼は他人の投げた
 お賽銭で拝んでゐた
 かゝる貧乏にして
 チャッカリとした民衆に
 御利益を与へ給へ

 


地下鉄

 

 昼でも暗い中を
 走らねばならない
 お前不幸な都会の旅人よ、
 地下鉄を走るとき
 爽快な風が吹く
 でも少しも嬉しくない
 政治といふ大きな奴の
 肛門の中を走るやうだから
 地下鉄は
 つまり多少臭いところだ。


銀座

 

 もし東京に裏街といふものが
 なかつたら
 銀座は日本一の表街だが、
 表は表だが
 銀座は
 医者にひつくりかへされた
 トラホームの眼瞼のやうだ
 ブツブツと華美(はで)で賑やかな
 消費の粒が
 まつかにただれて列んでゐる
 突如ウヰ[#「ヰ」の小文字]ンドーに
 煉瓦を投げつけて
 金塊を盗む悪漢現る。

底本:「新版・小熊秀雄全集第2巻」創樹社
   1990(平成2)年12月15日第1刷
入力:浜野智
校正:八巻美恵
ファイル作成:浜野智
1998年9月8日公開
1999年8月28日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

浅草文庫 - 小熊秀雄 - 「東京風物伝」

小熊秀雄|浅草文庫
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