top of page

凌雲閣(浅草十二階) - 「押絵と旅する男」 江戸川乱歩 1929(昭和4)年6月

更新日:2018年10月3日

 兄は仲店から、お堂の前を素通りして、お堂裏の見世物小屋の間を、人波をかき分ける様にしてさっき申上げた十二階の前まで来ますと、石の門を這入って、お金を払って「凌雲閣」という額の上った入口から、塔の中へ姿を消したじゃあございませんか。まさか兄がこんな所へ、毎日毎日通っていようとは、夢にも存じませんので、私はあきれてしまいましたよ。子供心にね、私はその時まだ二十にもなってませんでしたので、兄はこの十二階の化物に魅入られたんじゃないかなんて、変なことを考えたものですよ。




最新記事

すべて表示

関東大震災・吉原遊郭(新吉原)・凌雲閣(浅草十二階) - 「生い立ちの記」 小山清 1954(昭和29)年10月1日

震災の当日、その時びっくりして戸外に飛び出した私の目に、八階から上が折れてなくなった、浅草公園の十二階の無慙な姿が映った。私の家は吉原遊廓のはずれにあって、家の前の広場からは、浅草公園の十二階がよく見えた。  その日、私の一家はみんなばらばらになった。私と花やという女中が上野

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page