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江崎写真館 - 「鴎外の思い出」 小金井喜美子 1955(昭和30)年10月

 「これから江崎へ行くのだ」とおっしゃいます。  「江崎へ?」  私が目を見張りますと、

 「そうだ、お前の写真を撮るのだ。」  私はびっくりして、口が開かれません。ただとぼとぼと附いて行きました。

 幾分古びた西洋造の家の入口を入りますと、幸いに外に客はありませんかった。  「この子を写して遣ってくれ」とおっしゃいます。  「お兄様は」

 と聞きますと、

 「己は嫌だ。」  いつにないむつかしい顔をなさるのです。どうしようもありません。

 そこらにある写真を見ている中に、助手らしい人が出て、光線の工合を見るのでしょう、高いところの幕を延ばしたり巻いたりします。椅子の際に立たせて、後頭の辺を器具で押えます。気持の悪いこと。  そこへ五十過くらいの洋服の人が出て来ました。主人でしょう。黒い切を被って、何かと手間取ります。


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淡島堂・江崎写真館 - 「鴎外の思い出」 小金井喜美子 1955(昭和30)年10月

お堂の左手に淡島様があります。小さな池に石橋が掛っていて、それを渡る時には、池の岩の上にいつも亀が甲を干していました。お堂の中には、小指の先ほどの括り猿や、千代紙で折った、これも小さな折鶴を繋いだのが、幾つともなく天井から下っています。何を願うのでしょうか。  淡島様の裏の方

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