江崎写真館 - 「鴎外の思い出」 小金井喜美子 1955(昭和30)年10月
- 浅草文庫
- 2018年10月2日
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「これから江崎へ行くのだ」とおっしゃいます。 「江崎へ?」 私が目を見張りますと、
「そうだ、お前の写真を撮るのだ。」
私はびっくりして、口が開かれません。ただとぼとぼと附いて行きました。
幾分古びた西洋造の家の入口を入りますと、幸いに外に客はありませんかった。 「この子を写して遣ってくれ」とおっしゃいます。 「お兄様は」
と聞きますと、
「己は嫌だ。」
いつにないむつかしい顔をなさるのです。どうしようもありません。
そこらにある写真を見ている中に、助手らしい人が出て、光線の工合を見るのでしょう、高いところの幕を延ばしたり巻いたりします。椅子の際に立たせて、後頭の辺を器具で押えます。気持の悪いこと。
そこへ五十過くらいの洋服の人が出て来ました。主人でしょう。黒い切を被って、何かと手間取ります。
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