浅草の食 - 「明日は天気になれ」 坂口安吾 1953(昭和28)年1月13日-4月2日
- 浅草文庫
- 2018年10月8日
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昔はどこの酒屋でもコップ酒というものを飲ませたが、近ごろは見かけない。酒の統制以来、小売店と飲食店の区別が厳重になって法規で取締られているのかも知れないが、馬方なぞが車をチョイととめて、キューッと一パイひッかけてまた歩きだす風景はわるくないものである。
コップ酒専門で天下に名高いのは新橋の三河屋だ。電気ブランの浅草のヤマニバーとともに、財布の軽い呑んべいには有りがたい存在で、私もずいぶんお世話になった。
コップ酒には昔から定まった飲み方がある。皿にコップをのせて酒をつぐ。ナミナミと溢れて皿にも一パイになるように酒をつぐ。これがコップ洒の一パイである。飲み助はまずコップの酒をキューと半分ほどのみ、皿の酒をコップへうつして改めてコップ一パイの酒を味う段どりとなる。
ところが、コップ酒には「半分」という飲み方がある。
「半分おくれ」
「ヘーイ」
と云ってチョッキリ一パイ持ってきてくれる。その代り皿にこぼれていない。けれども、この「半分」を二度飲む方が一度「一パイ」を飲むより量が多い。つまり半分を二度ならコップにチョッキリ二ハイのめるが、一パイだとコップの一パイと皿の半バイで一パイ半しかのめない。
そこでコップ酒というものは「半分」をたのむのが有利と定まっているが、初心者は云いにくいものであるし、常連になっても見栄があって気軽には頼めないウラミがある。

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