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浅草寺(浅草観音) - 「鴎外の思い出」 小金井喜美子 1955(昭和30)年10月

 いつか浅草寺の境内で、敷石の辺から数珠屋が並んでいます。奥の方のは見本でしょうが、拳ほどもある大きな玉を繋いだのが掛けてあり、前の方には幾段かの鐶に大小の数珠が幾つも並べて下げてあります。その辺まで鳩が下りています。

 お堂へ上る広い階段は、上り下りの人で押合いの混雑で、その中を分けて行くのです。大きな賽銭箱へおひねりを投入れてお辞儀をするのはお祖母様のまねです。気が附くと兄様が見えません。あたりを見廻しましたら、お籤の並びにあるおびんずるの前に立っていられました。いつか字引で見ましたら、それは賓頭盧と書くので、白頭長眉の相を有する羅漢とありましたが、大勢の人が撫でるので、ただつるつるとして目も鼻もない、無気味な木像です。それが不似合な涎懸をしているのは信者の仕業でしょう。


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