top of page

浅草広小路・吉原遊郭(新吉原) - 「如何なる星の下に」 高見順 1939(昭和14)年1月-1940(昭和15)年3月

 結局K劇場へ行かないで、私たちはまっすぐ田原町の方へ行き、広小路に出た。東西に走っているその広小路通りは、公園寄りの南向きの片側にだけ陽がさして片側は全然陽が当らない。そのさむざむとした何か昼なお小暗い感じさえする片方に、冬の寒さがみんな寄り集まったようで、日向の方は、幸い風もないので、日向ぼっこの猫みたいに背を丸めてうずくまって眼を細めたくなるような快さであった。私は太陽に飢えた植物を自分のうちに感じながら、シバシバと眼を瞬いて、ふと昨年の暮に吉原へ散歩の足をのばした時に眼にした情景を思い出した。眼にしみた情景である。それは昼前の、巷全体がほッと一息ついているような静かな時刻、江戸町か角町かの通りであったが、その通りがこの広小路と同じように、片側にだけ陽を受けていた。夜は人々のぞめきでみたされるその通りも、その時はしんと静まりかえっていた。夜の印象と対比されるせいか、異様に冴えた静けさで、その静けさのせいか、道の片側を照らしている陽の光も、清らかな、実にうららかな、そして恵み豊かな感じであった。





コメント


コメント機能がオフになっています。
bottom of page