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関東大震災・仲見世 - 「棺桶の花嫁」 海野十三 1937(昭和12)年1-3月

  • 執筆者の写真: 浅草文庫
    浅草文庫
  • 2018年9月24日
  • 読了時間: 2分

 二人は吾妻橋を渡って、浅草公園の中に入っていった。仲見世はすっかり焼け落ちて、灰かきもまだ進まず、殆んど全部がそのままになっていた。ただ道傍や空地には、カンテラや小暗い蝋燭を点して露店が出ていた。芋を売る店、焼けた缶詰を山のように積んでいる店、西瓜を十個ほど並べて、それを輪切りに赤いところを見せている店、小さい梨を売る店——などと、食い物店が多かった。  蝋燭は、仁王門を入ったところの店に売っていた。杜はお千と相談して、五銭の蝋燭を四本と、その外に東北地方から来たらしい大きな提灯一個八銭とを買った。 「おお、生ビールがあるじゃないか。こいつはいい。一杯やろう」  杜は思いがけない生ビールの店を見つけて舌なめずりをした。彼はお千を手招きして、二つのコップの一つを彼女に与えた。杜の腸に、久しぶりのアルコールがキューッと浸みわたった。なんとも譬えようのない爽快さだった。

 彼は更にもう一杯をお代りした。  お千はコップを台の上に置いて、口をつけそうになかった。 「お呑みよ。いい味だ。それに元気がつく」  そういって杜はお千にビールを薦めた。お千は恐る恐るコップに口をつけたが、やはりうまかったものと見え、いつの間にかすっかり空けてしまった。しかしもう一杯呑もうとは云わなかった。  三ばいの生ビールが、杜をこの上なく楽しませた。思わない御馳走だった。震災以来の桁ちがいの味覚であった。



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