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馬車鉄道・路面電車 - 「押絵と旅する男」 江戸川乱歩 1929(昭和4)年6月

更新日:2018年10月3日

 その頃兄の工風で仕立てさせた、当時としては飛び切りハイカラな、黒天鵞絨の洋服を着ましてね、この遠眼鏡を肩から下げ、ヒョロヒョロと、日本橋通りの、馬車鉄道の方へ歩いて行くのです。私は兄に気どられぬ様に、ついて行った訳ですよ。よござんすか。しますとね、兄は上野行きの馬車鉄道を待ち合わせて、ひょいとそれに乗り込んでしまったのです。当今の電車と違って、次の車に乗ってあとをつけるという訳には行きません。何しろ車台が少のござんすからね。私は仕方がないので母親に貰ったお小遣いをふんぱつして、人力車に乗りました。人力車だって、少し威勢のいい挽子なれば馬車鉄道を見失わない様に、あとをつけるなんぞ、訳なかったものでございますよ。

 兄が馬車鉄道を降りると、私も人力車を降りて、又テクテクと跡をつける。そうして、行きついた所が、なんと浅草の観音様じゃございませんか。




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