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浅草にまつわる、

小説・随筆・詩・俳句

 ぼくはそこで、見やう見真似に、帳場格子の中で辞書を引き引き兄キの書架から持出した英語のモウパッサンの短篇集であるとか、ゴルキーの小説などを読んだものです。一日に一度はそれをやらないと何か胸元から空気でも洩るやうなとりとめのない気がして、「勉強」のつもりでやりました。しかし一方にはまた、ぼくは帳場ですから、頭を丸角に苅つて、木綿結城の竪縞に黒の前かけなんかしめてゐます。そのなりで、一日に二三円は使つていゝことになつてゐるその帳場の金を掴んでは、夜になると、浅草公園を六区の十二階下から吉原あたりまでぞめきに歩きます。無論何でも知つてゐます。

木村荘八

1893(明治26)年8月21日-1958(昭和33)年11月18日

洋画家、版画家、随筆家

木村荘八|浅草文庫
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