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浅草にまつわる、

小説・随筆・詩・俳句

 浅草詣での帰るさ、界隈の料理では腹の虫が承知せぬちょう食道楽の一人、さるは八百善にてと態々歩を抂げ、座敷へ通っての注文に「何かさっぱりしたもので茶漬を!」との申しつけ、やがて出されたは黒塗りの見事な膳部に誂えの品々、別に鉢植えの茄子に花鋏一挺が添えてある。

 食道楽近頃の希望を満足して先ず高麗焼の小皿に盛られた浸しものを弄味し、更には鋏して鉢植えの茄子をちぎり、大方はそれと察して一口して見ると、案ずる如くに頃あいの漬き加減。さて食事をおえてこれで勘定をと十円紙幣一枚を投げ出すに、待てど暮らせど釣銭を持って来ず、如何な八百善でも浸しものに鉢植えの漬茄子で十円はとて、段々に糺して見ると、亭主自ら出て来て云々の説明、いわれを聞いては成程と大通も赤面して引きさがったとか。

柴田流星

1879(明治12)年2月28日-1913(大正2)年9月27日

小説家、翻訳家

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