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浅草を語る、ことば。

浅草を語る、ことば。

宝蔵門(仁王門) - 「寺内の奇人団」 淡島寒月 1912(明治45)年4月

堂守になる前には仁王門の二階に住んでいました。(仁王門に住むとは今から考えたら随分奇抜です。またそれを見ても当時浅草寺の秩序がなかったのが判ります。)この仁王門の住居は出入によほど不自由でしたが、それでもかなり長く住んでいました。後になっては画家の鏑木雪庵さんに頼んで、十六羅漢

「浅草とは?」・浅草寺(浅草観音) - 「寺内の奇人団」 淡島寒月 1912(明治45)年4月

明治の八、九年頃、寺内にいい合わしたように変人が寄り集りました。浅草寺寺内の奇人団とでも題を附けましょうか、その筆頭には先ず私の父の椿岳を挙げます。私の父も伯父も浅草寺とは種々関係があって、父は公園の取払になるまで、あの辺一帯の開拓者となって働きましたし、伯父は浅草寺の僧侶の取

「浅草とは?」 - 「​浅草繁昌記」 松山傳十郎 1910(明治43)年

蓋し浅草区は、世のいはゆる政治家、学者、或は一般に称してハイカラ流の徒なるものがその住所を定むるもの少し。今日知名の政治家を物色して浅草に何人かある。幾人の博士、文士、はた官吏がこの区内に住めるか。思ふにかゝる江戸趣味及び江戸ッ児気質の破壊者が浅草区内に少きはむしろ喜ぶべき現象

仲見世 - 「​浅草繁昌記」 松山傳十郎 1910(明治43)年

仲見世各商店は一棟を数戸に分割し、間口九尺奥行も亦それ以上に出でざるを以て、内部の狭隘はいふばかりなく、出店商人は夜間は店を鎖してうちに帰り、翌日また弁当を持ちて通い来たる有様なり。然れどもこの仲見世は公園内の最も繁昌するところにて、凡そ観音に参詣するものは、家へのみやげ物は大

仲見世 - 「​浅草繁昌記」 松山傳十郎 1910(明治43)年

旧雷門のありしところより仁王門に至る間、七十余間を仲店といふ。道幅五間余を全部石にて敷きつめ、両側に煉瓦造りの商店百三十余戸あり。もとこの地は浅草寺支院のありしところにて左右両側各六院ありき。その仁王門に近きところには茶店ありて二十軒茶屋と称したりき。明治維新後、支院は或は...

花見・富士詣・見世物・凌雲閣(浅草十二階) - 「​江戸か東京か」 淡島寒月 1909(明治42)年8月

見世物ですな、こういう時代があった。何でもかんでも大きいものが流行って、蔵前の八幡の境内に、大人形といって、海女の立姿の興行物があった。凡そ十丈もあろうかと思うほどの、裸体の人形で、腰には赤の唐縮緬の腰巻をさして下からだんだん海女の胎内に入るのです。入って見ると彼地此地に、十ヶ

凌雲閣(浅草十二階) - 「​大東京繁盛記 下町篇 本所両国」 芥川龍之介 1927(昭和2)年5月

僕は浅草千束町にまだ私娼の多かつた頃の夜の景色を覚えてゐる。それは窓ごとに火かげのさした十二階の聳えてゐる為に殆ど荘厳な気のするものだつた。  明治時代の諷刺詩人、斎藤緑雨は十二階に悪趣味そのものを見出してゐた。 浅草文庫 「​大東京繁盛記 下町篇 本所両国」 芥川龍之介

浅草寺(浅草観音) - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

横から見た観音堂。少年はその下を歩いて行く。観音堂の上には三日月が一つ。  観音堂の正面の一部。ただし扉はしまっている。その前に礼拝している何人かの人々。少年はそこへ歩みより、こちらへ後ろを見せたまま、ちょっと観音堂を仰いで見る。それから突然こちらを向き、さっさと斜めに歩いて

仲見世 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

斜めに見た格子戸造りの家の外部。家の前には人力車が三台後ろ向きに止まっている。人通りはやはり沢山ない。角隠しをつけた花嫁が一人、何人かの人々と一しょに格子戸を出、静かに前の人力車に乗る。人力車は三台とも人を乗せると、花嫁を先に走って行く。そのあとから少年の後ろ姿。格子戸の家の前

仲見世 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

メリヤス屋の露店。シャツやズボン下を吊った下に婆さんが一人行火に当っている。婆さんの前にもメリヤス類。毛糸の編みものも交っていないことはない。行火の裾には黒猫が一匹時々前足を嘗めている。 行火の裾に坐っている黒猫。左に少年の下半身も見える。黒猫も始めは変りはない。しかしいつ...

活動写真・連鎖劇・ひょうたん池 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

池の向うに並んだ何軒かの映画館。池には勿論電燈の影が幾つともなしに映っている。池の左に立った少年の上半身。少年の帽は咄嗟の間に風のために池へ飛んでしまう。少年はいろいろあせった後、こちらを向いて歩きはじめる。ほとんど絶望に近い表情。 浅草文庫 「浅草公園 --或シナリオ--」

浅草六区 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

劇場の裏の上部。火のともった窓が一つ見える。まっ直に雨樋をおろした壁にはいろいろのポスタアの剥がれた痕。 この劇場の裏の下部。少年はそこに佇んだまま、しばらくはどちらへも行こうとしない。それから高い窓を見上げる。が、窓には誰も見えない。ただ逞しいブルテリアが一匹、少年の足も...

仲見世 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

斜めに見た射撃屋の店。的は後ろに巻煙草の箱を積み、前に博多人形を並べている。手前に並んだ空気銃の一列。人形の一つはドレッスをつけ、扇を持った西洋人の女である。少年は怯ず怯ずこの店にはいり、空気銃を一つとり上げて全然無分別に的を狙う。射撃屋の店には誰もいない。少年の姿は膝の上まで

仲見世 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

斜めに見た造花屋の飾り窓。造花は皆竹籠だの、瀬戸物の鉢だのの中に開いている。中でも一番大きいのは左にある鬼百合の花。飾り窓の板硝子は少年の上半身を映しはじめる。何か幽霊のようにぼんやりと。 ​  飾り窓の板硝子越しに造花を隔てた少年の上半身。少年は板硝子に手を当てている。そのう

仲見世 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

目金屋の店の飾り窓。近眼鏡、遠眼鏡、双眼鏡、廓大鏡、顕微鏡、塵除け目金などの並んだ中に西洋人の人形の首が一つ、目金をかけて頬笑んでいる。その窓の前に佇んだ少年の後姿。ただし斜めに後ろから見た上半身。人形の首はおのずから人間の首に変ってしまう。のみならずこう少年に話しかける。——

仲見世・宝蔵門(仁王門) - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

もう一度父親らしい後ろ姿。ただし今度は上半身。少年はこの男に追いついて恐る恐るその顔を見上げる。彼等の向うには仁王門。  この男の前を向いた顔。彼は、マスクに口を蔽った、人間よりも、動物に近い顔をしている。何か悪意の感ぜられる微笑。 浅草文庫 「浅草公園 --或シナリオ--」

雷門・仲見世 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

この玩具屋のある仲店の片側。猿を見ていた少年は急に父親のいないことに気がつき、きょろきょろあたりを見まわしはじめる。それから向うに何か見つけ、その方へ一散に走って行く。  父親らしい男の後ろ姿。ただしこれも膝の上まで。少年はこの男に追いすがり、しっかりと外套の袖を捉える。驚い

玩具・仲見世 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

斜めに見たある玩具屋の店。少年はこの店の前に佇んだまま、綱を上ったり下りたりする玩具の猿を眺めている。玩具屋の店の中には誰も見えない。少年の姿は膝の上まで。  綱を上ったり下りたりしている猿。猿は燕尾服の尾を垂れた上、シルク・ハットを仰向けにかぶっている。この綱や猿の後ろは深い

仲見世 - 「​浅草公園 --或シナリオ--」 芥川龍之介 1927(昭和2)年3月14日

仲店の片側。外套を着た男が一人、十二三歳の少年と一しょにぶらぶら仲店を歩いている。少年は父親の手を離れ、時々玩具屋の前に立ち止まったりする。父親は勿論こう云う少年を時々叱ったりしないことはない。が、稀には彼自身も少年のいることを忘れたように帽子屋の飾り窓などを眺めている。 浅

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